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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)9326号 判決

主文

一  被告は、有限会社甲田に対し、二一〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  本件参加の申立てを却下する。

四  訴訟費用は、原告らと被告との間においては、被告の負担とし、参加人と被告との間においては、参加人の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  本案前の抗弁1(原告適格の欠如)及び請求原因1(一)(原告ら)について

1  《証拠略》によると、次の事実が認められる。

(一)  花子は、太郎と結婚し、右夫婦の間には、長女参加人、二女夏子及び長男被告の三子が生まれた。

参加人は原告乙山春夫(以下「原告春夫」という。)と、夏子は原告夏夫とそれぞれ婚姻の届出をした。

(二)  花子は、「甲田」の屋号で飲食店を経営していたところ、昭和四七年ころ、原告夏夫とともに、三階建て建物を建築して一階部分を貸店舗、二階部分を貸事務所、三階部分を自宅にすることなどを計画し、原告夏夫がその設計をした。なお、原告夏夫は、大学の工学部建築学科を卒業し、設計事務所に勤務した経験があった。

花子は、右建物の建築を請け負った業者に対して報酬の前払をしていたところ、右業者が建物の完成前に倒産したため、別の業者に建築を注文しなければならなくなるとともに、費用が不足するに至り、原・被告らなどに対して資金の融通を求めた。

原・被告らは、これを了承し、花子に対し、建築資金として、原告春夫は合計一六〇万円、原告夏夫は合計二四八万円、被告は合計一一〇万円の現金を提供するなどした。また、花子の知人である戊田竹夫も、原・被告らと同様、現金一五〇万円を提供した。なお、原告夏夫は、花子に対し、新しい建築業者のあっせんをするとともに、花子が金融機関から融資を受ける際に保証人の紹介をした。

(三)  昭和四九年四月二〇日、太郎名義の所有権移転登記が存在する寝屋川市下神田町所在の土地の上に、「甲田ビル」と呼ばれる鉄骨造陸屋根三階建て店舗事務所居宅(以下「甲田ビル」という。)が完成し、同年五月一八日には太郎名義の所有権保存登記を経由した。

花子は、甲田ビルの完成後、一階の一部を使用して飲食店を経営するとともに、一階のその余の部分及び二階部分を第三者に賃貸して、三階部分において太郎と生活していた。

(四)  花子は、甲田ビルの建築と並行して有限会社の設立を計画し、昭和四九年七月ころ、原・被告らに対し、社員となることを求め、その了承を得た。

そして、同月二五日に作成された本件会社の定款上、花子が出資口数一七五〇口、原告春夫、被告及び原告夏夫が出資口数各四〇〇口、戊田竹夫が出資口数五〇口の社員としてそれぞれ記載されていたところ、右五名は、右定款の末尾の右各人の名下にそれぞれ実印を押印した。ただし、右五名のうち、花子を除く四名は、右各出資の払込みをせず、出資総額の払込みをしたのは、花子であった。

(五)  本件会社は、昭和四九年八月二二日、飲食店の経営、貸店舗及び貸室の経営等を目的として設立され、設立当時の資本の額は三〇〇万円、代表取締役は花子、取締役は原告春夫、被告及び原告夏夫、監査役は戊田竹夫であった。

本件会社の設立後、原告夏夫は、貸事務所の電気料金、水道料金、ガス料金の計算をするとともに、賃貸借契約の締結、更新などの事務に携わっていた。

2  右事実関係によると、原告らは、それぞれ、本件会社の四〇〇口の出資を引き受けるとともに、右払込みは、花子が原告らのために原告らに代わってしたものと認めるのが相当である。

したがって、原告らは、それぞれ本件会社の社員であると認められる。

3  ところで、被告は、「本件会社の設立の際に出資全額の引受け及び払込みをしたのは、花子であり、原告ら名義の出資口数は、花子が原告らの名義を借りたものにすぎない。そして、花子は、被告に対し、昭和五七年八月、本件会社の社員権を譲り渡した。」旨主張し、《証拠略》中には、被告は、花子から、有限会社を設立するには、原始社員五名、資本金三〇〇万円が必要であるから、名義を貸してもらいたい旨依頼されたとする右主張に沿う供述部分がある。

しかしながら、本件会社が設立された昭和四九年当時、有限会社の設立に必要な原始社員は二名、資本の総額は一〇万円であった(平成二年法律六四号による改正前の有限会社法九条及び六九条一項五号参照)ことに照らすと、右供述部分は、不自然であってにわかに採用することができない。

二  本案前の抗弁2及び請求原因1(二)(参加人)について

1  請求原因1(二)のうち、花子が平成五年二月一三日に死亡したこと、花子及び太郎の相続人が参加人、夏子、被告及び松子であることは当事者間に争いがなく、被告は、その余の事実について明らかに争わないから自白したものとみなす。

そして、右の事実に、一1において判示した事実関係を総合すると、花子は、その死亡当時、出資口数一七五〇口を有する本件会社の社員であったこと、太郎を経由して最終的に、参加人、夏子、被告及び松子が右社員の持分を共同相続したことが認められる。

2  ところで、有限会社の社員の持分を相続により準共有するに至った共同相続人は、持分の準共有者としての地位に基づいて取締役の責任を追及する代表訴訟を提起する場合には、有限会社法二二条において準用する商法二〇三条二項の規定により、右持分につき社員の権利を行使すべき者一人(以下「権利行使者」という。)を選定し、それを会社に通知することを要し、右共同相続人間において権利行使者の選定及び会社に対する通知を欠くときは、特段の事情がない限り、右訴訟について原告適格を有しないものというべきである(最高裁平成元年(オ)第五七三号同二年一二月四日第三小法廷判決・民集四四巻九号一一六五頁参照)。そして、この場合に、持分の準共有者間において権利行使者を定めるに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができるものと解することができる(最高裁平成五年(オ)第一九三九号同九年一月二八日第三小法廷判決・裁判所時報一一八八号二頁参照)が、選定された権利行使者は準共有者間に意見の相違があるときでも、自己の判断に基づき社員の権利を行使することができる(最高裁昭和五二年(オ)第八三三号同五三年四月一四日第二小法廷判決・民集三二巻三号六〇一頁参照)など、右権利行使者の選定及び通知が持分の準共有者の利害と密接な関係を有することを勘案すると、権利行使者の選定及び会社に対する通知は、持分の準共有者の一部の者のみによってすることはできず、全準共有者が参加して右選定及び通知をすべきであり、仮に全準共有者が参加してすることができない事情がある場合においても、少なくとも参加しない他の準共有者に対し、右選定及び通知に参加し得る機会を与えることを要するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、《証拠略》によると、本件会社の持分の共同相続人の一部である参加人及び夏子は、右持分の権利行使者として参加人を選任し、平成九年二月三日付け書面で本件会社に対してその旨を通知したが、右両名以外の共同相続人である被告及び松子は、参加人を右権利行使者とする選定及び通知の手続に全く関与していないし、右手続に参加し得る機会を与えられなかったことが認められる。

右の事実によると、参加人を右権利行使者とする右選任、通知手続には重大な瑕疵があるから、右選任、通知はその効力がないものといわざるを得ず、そうすると、参加人は、特段の事情がない限り、本件訴訟について原告適格を有しないものといわざるを得ない。

これに対し、参加人は、「被告との間で協議により合意に至る可能性はなく、また、松子の法定相続分は小さく、同人が反対しても参加人及び夏子の多数決を覆すことは不可能であるから、参加人及び夏子の多数決による選定は、有効である。」旨主張するが、右判示のような権利行使者の選定及び会社に対する通知の持分の準共有者間における意義などに徴すると、右判示の手続を経ることを要するものというべきであるから、参加人の右主張をもって前記特段の事情があるとは認められず、ほかに右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、参加人は、本件訴訟について原告適格を有しないこととなり、本案前の抗弁2は、理由がある。

三  請求原因1(三)(被告)について

請求原因1(三)の事実は、当事者間に争いがない。

四  請求原因2(被告の横領行為)について

1  請求原因2のうち、(一)の事実(本件会社は、昭和五七年、本件建物を購入したこと)、被告が平成六年に本件建物を売り、別件建物を購入したこと、本件建物の売却代金の一部である二一〇〇万円が実質的に別件建物の購入代金に充てられたことは、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  花子は、昭和五七年ころ、甲田ビルにおける飲食店の経営などをやめることを決意し、太郎は、甲田ビル及びその敷地を売却した。そして、花子夫婦は、本件会社が同年七月一五日に購入した本件建物(なお、同建物については、同日の売買を原因とする本件会社名義の所有権移転登記を経由した。)に転居し、それ以後、本件会社は、積極的な事業活動を停止するに至った。

なお、被告は、同年八月二〇日付けで、花子に代わって本件会社の代表取締役に就任した。

(二)  花子は平成五年二月一三日に、太郎は同年七月六日にそれぞれ死亡した。

(三)  被告は、金融機関等から融資を受けた上、平成六年七月二九日、別件建物を代金二二〇〇万円で購入し、同建物について、同日の売買を原因として、被告及びその妻の持分割合を各二分の一とする共有者全員持分全部移転登記を経由した。

(四)  被告は、平成六年一一月八日、本件建物を代金四四〇〇万円で売却し、右代金のうち二一〇〇万円を同年一二月五日までに前記融資の返済に充てた。

3  ところで、被告は、原告らに対し、本件建物の売却代金を別件建物の購入代金に充てることについて相談し、その了承を得ていた旨主張し、《証拠略》中には、これに沿う供述部分があるが、《証拠略》に照らしてにわかに採用することができず、ほかに被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、被告の前示行為は、代表取締役の権限を濫用して本件会社所有の現金を自己の利益のために費消したものというべきであって、取締役の善管注意義務(有限会社法三二条、商法二五四条三項、民法六四四条)に違反することは明らかであり、本件会社は、被告の右注意義務違反により二一〇〇万円の損害を被ったこととなる。

したがって、被告は、有限会社法三〇条ノ二第一項三号の規定により本件会社が被った損害二一〇〇万円を賠償すべき責任を負う。

五  請求原因3(訴え提起の請求)について

請求原因3の事実は、当事者間に争いがない。

六  附帯請求の起算日について

原告らは、附帯請求として、損害二一〇〇万円に対する被告が本件会社名義の預金口座から最後に預金を引き出した日の翌日である平成六年一二月六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、有限会社法三〇条ノ二第一項三号の規定による債務は、期限の定めのない債務であり、被告は、その履行の請求を受けた時から遅滞の責めを負うにすぎないと解されるから、訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うこととなる。

七  結論

よって、原告らの請求は、被告に対し、二一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成七年九月二四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却し、本件参加の申立ては、不適法であるから却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 末吉幹和 裁判官 小林邦夫)

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